1 概要
 本件は、発明の名称を「熱可塑性樹脂組成物とそれを用いた樹脂成形品および偏光子保護フィルムならびに樹脂成形品の製造方法 」とする特許に係る特許権(特許第4974971号。出願日は平成20年6月13日、優先日は 平成19年6月14日、同年8月1日。)を有する控訴人である原告(株式会社日本触媒)が、被控訴人である被告(株式会社カネカ )が本件特許の特許請求の範囲請求項1又は6記載の発明の技術的範囲に属する被告製品(別紙被告製品目録記載の樹脂)等を販売等することは本件特許権の侵害に当たると主張して、被控訴人に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告製品の譲渡等の差止め及び廃棄を求めるとともに、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償として10億円及び遅延損害金の支払を求める事案の控訴審です。

 まずは、特許ですので、クレームです。
 
請求項1の方だけです。
1A:ラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造、N-置換マレイミド構造および無水マレイン酸構造から選ばれる少なくとも1種の環構造を主鎖に有する熱可塑性アクリル樹脂と、
 1B:ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤と、
 1C:を含み、
 1D:110℃以上のガラス転移温度を有する
 1E:熱可塑性樹脂組成物。
 1F:ここで、前記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格は、トリアジンと、トリアジンに結合した3つのヒドロキシフェニル基とからなる骨格((2-ヒドロキシフェニル)-1,3,5-トリアジン骨格)である。

 透明のアクリル板、そういうような技術ですね。ま、私もドシロウトですが、そんなに技術的に深く分かる必要もないという感じがします。
 というのは、この事件で問題になっているのが、構成要件1Bの「分子量が700以上の紫外線吸収剤」!つまり、分子量700ちゅうのがどういう意味か?というところだけだからです。
 これは被告製品の分子量が「699.91848」と、ギリギリ外だったからですね。
 
 で、一審の大阪地裁第26民事部(松阿彌さんの合議体ですね。) は、原告の請求をすべて棄却しました。令和4(ワ)9521号(令和6年2月26日判決)です。
 この一審では、手抜きの均等論判断がありましたが、基本的には、700に達していないので惜しくも残念、そして均等論についても、「数値をもって技術的範囲を限定し(数値限定発明)、その数値に設定することに意義がある発明は、その数値の範囲内の技術に限定することで、その発明に対して特許が付与されたと考えられるから、特段の事情のない限り、その数値による技術的範囲の限定は特許発明の本質的部分に当たると解すべきである 」として、特段の事情のない数値限定発明なんだから、本質的部分の相違で、均等論第1要件NG!としたのです。

 で、私としては、当然、こんな手抜きが許されるわけがなく、控訴審では、もうちょっと洗練された判示があると期待してたわけです。
 そう、一審で紹介した判決も、二審ではオモロイ判示もなくスルーすることもあります(「+追伸」なんかで誤魔化しているのはそういう類です。)。だけど、今回は二審判決も、このとおり紹介してます。ならばオモロイ判示はあったのですね。
 それは何かというと、手抜きだけどそう来たか~♪というところです。

 ということで、二審の知財高裁4部(合議体は居ないはずの宮坂さんの合議体になっています。)は、控訴棄却(請求棄却)したのです。

2 問題点
 問題点は、以上のとおり、数値限定にギリギリ入るか入らないかのときには、どう判断する?ってことになると思います。

 一審の判決紹介のときに書きましたが、まずは文言侵害の話です。
 これはもう通説的には決まっています。ちょっとでも違えば技術的範囲外です。
 これはしょうがないかなあという感があります。構成要件の自由保証機能からすると、公示に解釈の曖昧さが入るのは極力避けたいですものね。
 ですので、分子量がたった0.08152と誤差程度違ってもダメってことです。

 次は、均等論です。
 これも一審の判決紹介のときにかなり詳しく書きましたが、数値限定が本質的部分であるなら、そこが違えば均等論第1要件NGとなります。

 あとは、事案によっては、第5要件での判断もありうる、ということでしょうか。でもどちらにせよ、やはり技術的範囲外というのは動かしようがないかなあってことですね。

 というのは、特許法36条5項は、こんな感じだからです(拒絶理由にも異議・無効理由にもなっていませんが。)。
5   第二項の特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。  この場合において、一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である記載となることを妨げない。

 つまり、あんたがああこの発明にはこの要素が必要だなあと判断して書きなさいよ、と言われてるのです。
 そうすると、その要素を重要なものだと睨んだ、その要素を他の基準も取れるのにそう決めた、それは全部あんたのせいだろ、ってわけですね。

 そうなのです。本当は特許の世界は大人の世界なのです。特許庁が絡むと特許庁という優しい親が色々世話をしてくれますので、ああここでは子供で居てもいいんだ~♬ホワホワホワ~♪って感じですよね(確かに特許の世界にはこどおじがたくさんですね。私も人のことを言えた義理じゃないんだけど~ムフフフ。)。
 でも、訴訟になると、剥き出しの金銭欲が綱引きする世界な上に、裁判官って存在は特許権者がどうなろうと実施者がどうなろうと知ったこっちゃねえや、それよりも同期のあいつよりも出世してえぜ全く、そういう世界なわけですよ。
 だから気を付けないといけないのですね。

 判旨にいってみますか。

3 判旨
「第 7  「分子量700以上」の数値限定の技術的意義について
第 7-1    争点1-1(構成要件1B、6Bの充足性)及び争点1-2(均等侵害の成否)を検討する前提として、構成要件1B、6Bに係る「(紫外線吸収剤の)分子量700以上」という数値限定の技術的意義を明らかにしておく。
・・・
第 7-3    以上によれば、本件各発明の構成要件1B、6Bの「(紫外線吸収剤の)分子量が700以上」という数値限定は、いわゆる臨界的な意義を有するものではない(控訴人もこれを自認している。)。
 すなわち、本件各発明の作用効果との関係で技術的意義を有する分子量は、ピンポイントの700ではなく、かなり広い幅(実施例で用いられた「958」と最大分子量の比較例で用いられた「676」の間の領域)にまたがる数字と考えられるが、いわば「切りのよい数字」として「700以上」という数値限定を採用したものと理解される(甲21も同旨)。
 
第 8  争点1-1(構成要件1B、6Bの充足性)について
第 8-1    控訴人は、構成要件1B、6Bの「分子量が700以上」の「700」は小数第1位の数字を四捨五入した数値と理解されるから、上記構成は「699.5以上」と解釈すべき旨主張しており、その当否が問題となる。
    なお、控訴人も自認するように、本件特許の特許請求の範囲自体にも、本件明細書にも、分子量の計算方法や小数点以下の数値の処理を明らかにする記載はないところ、控訴人は、この点は当業者の技術常識に従うべきであるとして、具体的には、①「JISハンドブック49/化学分析」2007」の「数値の丸め方」(Z8401)(甲8)の基準(以下「本件JIS基準」という。)を援用するとともに、②学者の意見書(甲21~25)を提出するので、以下、順に検討する。
・・・
第 8-4  小括
    以上のとおり、控訴人の主張するクレーム解釈(「分子量が700以上」の「700」は小数第1位を四捨五入した数値と理解されるから、上記構成は「699.5以上」と解釈すべき旨の主張)は採用できない。被控訴人UVAは、その分子量が700には満たない699.91848であるから、被控訴人製品は構成要件1Bを、被控訴人方法は構成要件6Bを充足しない。

第 9  争点1-2(均等侵害の成否)について
第 9-1  均等論の第1要件(非本質的部分)について
    被控訴人UVAの分子量は699.91848であり、本件各発明の構成要件1B、6Bの「分子量が700以上」という数値範囲に含まれない。しかし、上記数値範囲は、臨界的意義を有するものではなく、本来、本件各発明の作用効果との関係で技術的意義を有する分子量は、ピンポイントの700ではなく、かなり広い幅にまたがる数字と考えられるところ、いわば「切りのよい数字」として「700以上」という数値限定を採用したものと理解される(上記第 7-3)。そして、紫外線吸収剤としての性質が分子量699.91848の場合と700の場合とで実質的に異なるとは考え難いものと認められる(前記第 8-3(1)の③)。
    そうすると、上記分子量の相違は、本件各発明の本質的部分に関するものとはいえないと解される。本件で、均等論の第1要件は充足する。

第 9-2  均等論の第5要件(意識的除外等の特段の事情)について
第 9-2(1)    均等論の第5要件とは、「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと」であり(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)、被疑侵害者側が主張立証責任を負う。
第 9-2(2)    そこで検討するに、まず、特許請求の範囲の記載は、特許発明の技術的範囲を画する機能を有するものであり(特許法70条1項)、第三者に対しては「権利の公示書」としての役割を果たすことが求められるものである。構成要件1B、6Bの「分子量700以上」との記載は、一般的な技術文献の記載ではなく、上記のような役割を担う特許請求の範囲の記載であることが本件の大前提となる。
    そして、証拠(甲8、9)によれば、化合物の分子量は、その分子を構成する原子の原子量の和に等しく、原子量の選定については歴史的変遷があるものの、小数第4位又は第5位の数字で示される原子量表記載の数値によることになるから、そのような小数点以下の数値を有する数値として算出されるということは、本件特許の出願日当時の技術常識であったと認められる。それにもかかわらず、控訴人は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1、6の「分子量が700以上の紫外線吸収剤」との構成の数値範囲について、「700以上」という整数値をあえて使用している
    本件において、分子量700という数値に臨界的意義も認められないから、当該数値は控訴人がいわば任意に選択して定めたものといえる。また、控訴人としては、その数値範囲を「699.5以上」とすることや、分子量の小数点以下の数値の取扱いについて定めることも容易にできたと解されるにもかかわらず、あえてそのような手当もしていない。これは、小数点以下の数値は、技術的に意味のある数字でないという理解に加え、法的にも特段の含意がない(特別な意味を持たせない)ことを前提とするものと解するべきである。
    そうすると、控訴人が特許請求の範囲において分子量を「700以上」とする数値範囲を定めたということは、「700以上」か「700未満」かという線引きをもって特許発明の技術的範囲を画し、下限値「700」をわずかでも下回る分子量のものについては、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当である
第 9-2(3)    控訴人は、平成29年最高裁判決は、意識的除外と評価できる場合を、特許請求の範囲の構成に代替し得る技術を明細書に記載し、客観的、外形的に表示した場合に限定しており、出願人の主観的認識だけを問題としていない旨主張する。しかし、同最判は、いわゆる出願時同効材に関する判断を示したものであって、本件に適切でない上、上記第 9-2(2)の判断は、特許請求の範囲の記載の公示機能を重視する同最判の趣旨に何ら反するものとはいえない。
第 9-2(4)    以上のとおり、紫外線吸収剤の分子量が699.91848(本来的には700未満であり、小数第1位を四捨五入することによって初めて「700以上」に含まれることになる数値)の被控訴人UVAを使用する被控訴人製品及び被控訴人方法は、本件特許の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるというべきである。したがって、本件においては、均等論の第5要件を充足せず、控訴人主張の均等侵害は成立しない。」

4 検討
 数値限定が本質的部分じゃない!というのには驚きましたが、きっと一審の判決を受けてこういう主張にしたのでしょうね。控訴人も考えたわけです。

 だけど、第5要件は穴だったのではないかと思います。
 というのは、一審では、被告が第4,第5要件の主張をしていないのですね(この2つの主張立証責任は被告側とされています。)。

 ところが、この控訴審では一転して、被控訴人の方は、
出願人がUVAの分子量が重要であることを認識していたことは、本件明細書の【0061】【0063】【0066】等の記載から客観的、外形的に明らかである。そして、本件明細書には実施例におけるUVAの分子量として「958」が、また比較例における分子量として「676」が記載されているところ、出願人が適切であると考えれば、分子量の下限値は、上記二つの数値間のいかなる値でも任意に設定し得るのであり、このことは客観的、外形的にみて明らかである。その上、本件特許の出願当時(優先日当時)、当業者において、UVAの分子量は、その構成する各元素の原子量表記載の原子量に各元素の数を乗じた数値の和として認識されていたこと、原子量表記載の原子量に基づいて分子量を計算すれば小数点以下4桁又は5桁までの数値となることは、いずれも技術常識であった。しかも、本件においては、被控訴人製品に使用されているUVAと同じ分子式(C 42 H 57 N 3 O 6 )のUVAが本件特許の優先日前に既に知られており(乙11・10頁の化合物 No.18)、かつ、その分子量を控訴人が主張する原子量表記載の原子量の数値の和として計算すれば、699.91848となる。仮に、出願人たる控訴人が、それを本件特許の技術的範囲に含ませたいと考えるのであれば、特許請求の範囲に「699以上」とか「699.5以上」と記載すれば簡単にできたのである。
と主張しています。

 恐らく知財高裁はこの主張をほぼそのまま取り入れたのだと思います。非常に説得的ですもんね。だって、ああそうかい、その数値限定が本質的部分じゃねえってつうならよ、適当に決めても良かったんだろ、なら、もうちょっと広くしても良かったんじゃねえかよ、それなのにそうしなかったのはお前の責任だろバーカ、そんな感じです。
 いやまさにそうですね。

 ではどうすればよかったかというと、私訂正すりゃあ済んだのではないかという気がしています。
 実は、進歩性についての無効の抗弁も主張されていて、それに対する訂正の再抗弁が主張されているのです(「特許請求の範囲の請求項1、6の熱可塑性樹脂組成物を「厚さ100μmのフィルムとしたときに、分光光度計で測定した波長380nmの光の透過率が1%未満である」と特定する訂正をする予定である。」とのことでした。)。
 そこで、構成要件1Bも690とかに訂正すればよかったのでは??と思いますね。

 いや、原告側は一審→控訴審で代理人が倍増しています。違う事務所からの大物弁護士も駆けつけたって感じになっています。
 ならばダメ元でも予備的にでも、数値限定をちょっと訂正しますっていう主張をすりゃあいいのに、そういうことはやらないのですよねえ・・・(所詮名前貸しなんでしょうね。)。

 ということですので、宮坂さんの合議体ではあるけれど、原告は負けるべくして負けた、そういう感じが実に致します。ムフフフ。

5 追伸
 毎度おなじみ流浪の弁護士、散歩のコーナーでございます。
 本日はここ大崎ガーデンシティに来ております。
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 セガサミーの本社が入ってるビルですね。
 で、今日は大井町駅まで歩きます。

 今日は風が強かったですね。最近、ちょっと良いことと悪いことが間髪を容れずに起き、ちょっと疲れ気味です。なので、散歩で遠出する気も起きないのですけど、今日は時間があったため、久々大井町駅まで歩きました。

 で、東海道線の法面にある、早咲きの桜です。
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 よく咲いています。バックのビルは建設中の大井町トラックスのビルです。
 ということで、このブログの背景にしました。

 で、歩いて、第一三共の近くの三嶽橋です。
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 ちょうど新幹線が通りました。天気は良いのですけどね。でもまあ今週のはじめに比べれば随分マシです。

 そのまま目黒川沿いを歩きます。
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 小関橋にも鮮やかな花が。よく見るともう盛りは過ぎてます。

 で、最後はいつもの、山本橋です。
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 こんな天気が良いのに明日は雨らしいです。
 
 あ、そうそう、今日はもう久々飲み会ですね。
 今年になって、子供の受験などあったので、帰省もせず人の集まりにも行かず・・・という、こう何かカチカチした感じだったので、漸くこちらも雪解け~♪って感じです。
 ま、同期同クラスの弁護士の方々ですので、ほぼ身内というところで、あまり開かれた感じではないのですけど、最初の飲み会なので、良い塩梅です。