1 概要
 本件は、 平成29年1月12日(本件出願日)、発明の名称を「ゴルフクラブ用シャフト」とする特許出願(特願2017-2987号)をし、令和2年11月24日、その設定登録(特許第6798321号)を受けた原告(三菱ケミカル)に対し、 令和3年6月8日、自然人(恐らくダミー)から本件特許の請求項1ないし8について特許異議の申立てがされ、特許庁は、異議2021-700556号事件として審理したため、原告は、令和4年4月15日受付で、本件訂正を行ったものの、特許庁は、令和4年7月1日、本件訂正を認めた上で、特許第6798321号の請求項1、5、7に係る特許の取消決定(サポート要件違反)をしたことから(それ以外の請求項は維持)、これに不服の原告が取消決定取消訴訟を提起したものです。

 これに対して、知財高裁2部(今は所長の本多さんの合議体ですね。)は、原告の請求を棄却しました。つまり、特許庁の決定とおりでOKということです。

 ま、なんと言いましょうか、この前紹介した判決が、失敗例と言うならば、今回は成功例、さらに言えば、模範例と言った趣きでしょうか。

 まずは、クレーム、訂正後です(クレーム1)。
複数の炭素繊維強化樹脂層で構成される、ドライバー用ゴルフヘッドを装着する、ドライバー用ゴルフクラブ用シャフトであって、炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30~+70°に配向された層と、-30~-70°に配向された層とをシャフト全長に渡って貼り合せて成るバイアス層と、炭素繊維がシャフト軸方向に配向され、シャフトの全長に渡って位置するストレート層と、炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30~+70°に配向された層と、-30~-70°に配向された層とを貼り合せて成る細径側バイアス層と、さらに同様な太径側バイアス層を有しており、前記バイアス層と前記ストレート層の弾性率がともに、200GPa~900GPaの強化繊維から成る繊維強化樹脂層で構成され、シャフトのトルクをTq(°)とした場合に、1.6≦Tq≦4.0を満たし、前記バイアス層の合計重量をB(g)、シャフト全体に渡って位置するストレート層の合計重量をS(g)とした場合に、0.5≦B/(B+S)≦0.8を満たし、前記細径側バイアス層の重量をA(g)、前記バイアス層の合計重量をB(g)とした場合に、0.05≦A/B≦0.12を満たし、前記細径側バイアス層の重量をA(g)、前記太径側バイアス層の重量をC(g)とした場合に、1.0≦A/C≦1.8を満たす、ドライバー用ゴルフクラブ用シャフト。

 特に剛性と関係ある後半の記載が重要なようです。

 ま、分かりますよね。ゴルフクラブ用シャフトの発明です。
 こういう鉄製の芯(マンドリルと言うらしいです。)に、
 スクリーンショット 2023-07-25 104711
 炭素繊維に樹脂を含浸させた、以下のようなプリプレグ(原告はこのプリプレグの有数のメーカーということですね。)を巻き付けて、シャフトにするわけです。
 スクリーンショット 2023-07-25 104751
 ほんで、あとは、ヘッドをつけるとゴルフクラブの完成~♪となるわけです。

 で、争点はサポート要件でしたよね。つーことで、各剛性の話がポイントとなってくるわけです。

2 問題点
 問題点は、端的にサポート要件です。まずは条文です。特許法36条6項1号です。
6 第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。 
 一 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。

 この趣旨は、広すぎるクレームの防止なのですけど、要するにクレームが広いと、明細書に書かれていない発明が権利化されてしまうということになります。つまりは、この要件って、クレームの要件ではあるのですが、明細書の開示要件に他ならないってことになります。

 規範は、昔から同じの、例のパラメータ事件の判決のやつですね。

 で、それはいいのですけど、個別具体的にはどうだ?ってことになります。
 
 例えば本件だと、
【背景技術】
  【0002】
  ゴルフの打球の飛距離は、ボールの初速、打ち出し角度、スピン量で決定することが知られている。ゴルフのスコアを良くするためには、飛距離の安定性はもちろんのこと、左右への方向安定性も非常に重要であり、よって、安定した飛距離と方向安定性を得るためには、これら3つの要素のバラツキを減少させることが必要となってくる。
  ボールの初速、打ち出し角度、スピン量は、ゴルフヘッドの特性に依存するが、これら3つの要素の安定性については、ボールを打撃する瞬間のシャフトの動き(変形)が影響をする。特にゴルフクラブ用シャフト(以下、単にシャフトという場合もある。)の細径部の変形がこれらの要素に大きく影響し、この部分のシャフトの捩じり剛性を上げれば、シャフトの挙動を抑制することができるため、これらの要素を安定することが知られている(特許文献1)。
 というような事情があり、上記の図で言うと、左側の細くなっている方の捻じり剛性というのがポイントのようです。

 要するに、捻じり、つまりは回すような力をかけた場合に柔らかくぐにゃっと回るようなやつは良くないと言っているわけです。

 しかし、じゃあ単に硬くすればいいかというとそんなことも無いようです。
【0003】
  しかしながら、単にゴルフクラブ用シャフトの細径部のシャフトの捩じり剛性を上げると、フィーリングが硬くなったり、ヘッドの返りが極端に悪くなったりするなどのデメリットがある。また、炭素繊維で強化された繊維強化樹脂製のシャフトにおいて、シャフトの捩じり剛性を上げるために弾性率の高い炭素繊維の使用量を多くし過ぎると、一般的に弾性率の高い炭素繊維は引張強度が低いため、シャフトの強度が低下し、シャフトの折損が生じ易くなる。さらにまた、この部分の捩じり剛性を高くし過ぎると、ヘッドのトゥダウンが抑制され過ぎて、ヘッドの中央より下部にボールがヒットし易くなり、打ち出し角度が低く、バックスピン量の多い弾道になるため、飛距離の損失につながり易い。
 単に硬くしてにわかに捩れないようにすると、フィーリングが悪くなったり、シャフトが折れやすくなったり、逆に飛距離に結びつかないことにもなる、らしいです。
 
 ですので、ちょうど良い塩梅がいいようですね。

 それが例えば、クレームの構成要件の「シャフトのトルクをTq(°)とした場合に、1.6≦Tq≦4.0を満たし、」の部分などです。
 このトルクというのはある一定の捻じる力(回転力なので、正確にはモーメントですね。)をかけたときに、どのくらい捩れたか、という角度で示すものです(硬ければこのトルクTqは小さい。)。

 だけど、私明細書をちょっと読みましたが、この1.6だとか4.0だとか、どうしてこの数値が良いのか、イマイチ記載が無いように見えるのですね(しかもこの構成だけではなく・・・。)。

3 判旨
「 1  決定取消事由(サポート要件についての判断の誤り)について
  (1)  特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくても当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決・判時1911号48頁参照)。
  (2)  本件明細書の記載等
  ア  本件明細書の発明の詳細な説明には、次の記載がある(なお、明らかな誤記を適宜訂正した部分がある。)。
【技術分野】
  【0001】
・・・
 (3)  本件各発明の課題
 前記(2)アによると、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件各発明について、次のとおりの記載がされているということができる。すなわち、本件各発明は、繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト(以下、単に「シャフト」ということがある。)に関するものである。ゴルフのスコアを良くするためには、打球の飛距離の安定性及び左右への方向安定性を得ることが非常に重要であり、そのためには、三つの要素(ボールの初速、打ち出し角度及びスピン量)のばらつきを減少させてこれらを安定させる必要があるところ、ボールを打撃する瞬間のシャフトの変形(特にシャフトの細径部の変形)がこれらの要素の安定性に大きな影響を及ぼすため、シャフトの細径部のねじり剛性を上げることによりこれらの要素を安定させ得ることが従来から知られていた。しかしながら、単にシャフトの細径部のねじり剛性を上げると、フィーリングが硬くなったり、ヘッドの返りが極端に悪くなったり、ヘッドのトゥダウンが抑制されすぎて飛距離が小さくなったりするなどのデメリットが生じるほか、弾性率の高い炭素繊維の使用量を多くしすぎることによるシャフトの強度の低下を招き、シャフトの折損が生じやすくなるという問題があった。本件各発明は、このような問題を解決し、特にねじり剛性が高いシャフトにおいても、スイングの安定性が高く、プレーヤーのスイングスピードや力量に左右されることなく飛距離の安定性と方向安定性の双方に優れたシャフト(ねじり剛性の高いシャフト(ロートルクのシャフト))を提供することを目的とするものである。本件各発明は、前記第2の2のとおりの構成とすることにより、プレーヤーの力量に左右されることなく、飛距離の安定性及び左右へのばらつきの少ない方向安定性の双方に優れたシャフトが得られるとの効果を奏する。
  以上によると、本件各発明の課題は、「ねじり剛性が高い繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト(ロートルクの繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト)であって、スイングの安定性が高く、プレーヤーのスイングスピードや力量に左右されることなく飛距離の安定性と方向安定性の双方に優れたものを提供すること」(以下「本件課題」という。)であると認めるのが相当である。
  (4)  決定取消事由の1(構成2ないし5に係るもの)について
  ア  構成2について
  (ア)  Tq≦4.0°について
  a  シャフトのトルク(Tq)を4.0°以下とすることにより得られる効果等に関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、「トルク(Tq)を4.0°以下とすることによって、ゴルファーの力量が飛距離の安定性や左右への方向安定性に与える影響を低減させることができ、これらの両立を達成できる傾向にある。」との記載(【0021】)があり、また、「ねじり剛性が高い繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト(ロートルクの繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト)であって、プレーヤーのスイングスピードや力量に左右されることなく飛距離の安定性と方向安定性の双方に優れたものが得られる」との効果(以下「本件効果」という。)が得られたとされる実施例1及び本件効果が得られなかったとされる比較例1の各トルク(°)がそれぞれ2.4及び4.8であるとの記載(【表4】)がある。しかしながら、これらの記載は、シャフトのトルクを4.0°以下とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、したがって、構成2のうちシャフトのトルクを4.0°以下とするとの点については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない
  b  原告は、低トルクのシャフト(ねじり剛性が高いシャフト)が飛距離の安定性及び方向安定性において優れていることは本件出願日当時の技術常識であり、本件出願日当時の当業者は実施例1と比較例1との比較から、シャフトのトルクを4.0°以下とすることにより飛距離の安定性及び方向安定性(比較例1よりも優れた飛距離の安定性及び方向安定性)が得られるものと理解し得ると主張する。しかしながら、原告の上記主張並びに原告が上記技術常識に係る証拠として提出する甲12及び21ないし23は、シャフトのトルクを4.0°以下とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、シャフトのトルクを4.0°以下とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成2のうちシャフトのトルクを4.0°以下とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
  c  なお、原告は、本件各発明が構造力学に基づく物理学的な発明であって、発明の実施方法や作用機序等を理解することが比較的困難な技術分野(薬学、化学等)に属する発明ではないとして、構成2の境界値の厳密な根拠が本件明細書に記載されている必要はないと主張するが、本件各発明が構造力学に基づく物理学的な発明であることをもって、シャフトのトルクを4.0°以下とすることにより本件課題が解決される理由を本件明細書の発明の詳細な説明において適切に説明する必要がないということはできないから、原告の上記主張を採用することはできない(この点については、以下の構成2のうちシャフトのトルクを1.6°以上とするとの点及び構成3ないし5についても同じである。)。
  (イ)  1.6°≦Tqについて
・・・
 カ  小括
  以上のとおり、本件各発明(構成2ないし5)については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえず、かつ、当該当業者が本件出願日当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえないから、原告が主張するその余の点について判断するまでもなく、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすということはできない。したがって、これと同旨の本件決定の判断に誤りはない。 」

4 検討 
 ええっと、この特許の公報を見ると、そもそも、うーん、これでよく特許が取れたなあ~♪そんな感想を抱くと思います。
 とにかく記載がプアです。

 この明細書、whyが足りないんすわ。

 例えば昨日、私はミンミンゼミとアブラゼミの数が少ないなあと書きました。昨日だけですと、ニイニイゼミの量がミンミンゼミとアブラゼミの各2倍でしたもん。

 ここまで事実です。 
 そうすると、助手や学生でもできることです。事実をまとめた、小学校の夏休みの自由研究でもここまでできる子が殆どです。

 問題はここからです。
 セミの例だと、よく調べるとミンミンゼミとアブラゼミは、ニイニイゼミに比べて幼虫の期間が2倍以上長いことが知られているらしいです(当業者の周知事実ってわけですね。)。
 だとすると、最近ニイニイゼミが多いのは、セミの幼虫が大量に死滅等して居なくなり、一からまたセミの生存競争が始まったため、羽化までの期間の短いニイニイゼミが沢山出ている・・・こんな仮説が生じえます。
 振り返ると、たしかにこの五反田の周り、オリンピックは過ぎたというのに、結構開発が進んでおります。品川から田町辺りまでなんか、ここ数年、凄いわけです。

 あとは、この仮説を確かめるため、次のステップの事実確定のための実験、調査等を行っていく、わけです。分かりますよね。

 ところが、本件の明細書、そういう小学校の夏休みの自由研究で、できる子達もできるような仮説もないし、当然その確認のステップも一切ありません。一次的な事実が書かれているだけ!
 これじゃあダメ!

 代理人の欄を見ると・・・、これ、代理人なしの本人出願ですね。

 こんなのダメ!大手企業なのに、えらいミスです。

 まあでも何事も失敗上等ですので、今度からは私が上に書いたような、一次的事実の確定だけではなく、その後→仮説設定→仮説の確定プロセス、そういうのを明細書にも入れないといけない・・・もう間違えないでしょう。だったらそれでいいのです。

 で、模範例と書きましたが、進歩性で潰せないときの模範例と言えると思います。
 色んなパラメータがあって、色んな数値限定があるときは、なかなか進歩性では潰せないです。そこまで載っている先行技術がないですし、当事者の技術常識等もいちいち有るわけではないですからね。

 だからこそ逆にその進歩性がありそうな部分、つまり本願発明の肝となる部分、そこがちゃんと明細書に網羅されているか、吟味してみてもいいのではないかと思います。
 そういう感じで言えば、本件は全く目の付け所が良かったということになります。

 ただ、解せないのは、三菱ケミカルのような、知財部がちゃんとしているだろう大手企業がこの手のミスをなぜしたのだろうか?そっちですね。
 恐らくこの手の大企業は、重要度に応じて、明細書の依頼を、一級事務所、二級事務所、・・・内製、そういうランク付していると思うのですね。なので、異議申立てかけられるような発明は、当然一級事務所に依頼しているのが普通ですので、本件のようなボーンヘッドは起こらないわけです。

 ところが、豈図らんや、出願時点でどうでもいいと思って内製に回したこの発明が実は重要なものであったのだけど(重要じゃない発明に異議申立てしませんから。)、すでに時遅し~そんな推測が成り立ちます。発明が将来化けるかどうか、コンサルが言うのは簡単ですが、実際、難しっすよねえ。

5 追伸
 毎度おなじみ流浪の弁護士、散歩のコーナーでございます。
 本日はここアマゾン日本本社裏に来ております。
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 目黒川上流側ってところでしょうか。セミは鳴いてますが、取れる場所にはいません。
 
 ちょっと歩いて目黒新橋です。
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 下流側ですけど、左手の奇抜な大きな建物が先程のアマゾン日本本社の建物です。
 上流側はこんな風です。
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 今日も暑いです。猛暑日、すでに、36.4度の東京です。

 7/23が大暑ですから、まあ一年で一番暑い時期ってことです。と言ってもこの一週間がピークでしょう。

 プールのある目黒区民センターのふれあい橋からです。
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 下流側です。
 プールは家族連れじゃない大人も結構来てるのですよねえ。昼休み・・・?いやあ何をやっている人なのか気になりますわ。

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 上流側です。セミは捕まえられないまま、今日はこの辺でお開きです。
 あ、そうそう、五反田に戻る途中の目黒駅に、ワタリ119が居ました。ロケでしょうね、ご苦労様でした。