1 概要
 本件は、名称を「多角形断面線材用ダイス」とする発明についての特許(特許第6031654号)の特許権者である被告(株式会社ノブハラ)が、平成27年9月6日を出願日(本件出願日)(国内優先権主張・平成26年9月7日)とし、特願2015-175256号として出願し、平成28年11月4日に設定登録(特許第6031654号。請求項の数は16)がされたものの、  原告(中国金網工業)から特許異議の申立て(異議2017-700464号)を受け、 被告は、平成30年5月1日、本件特許の請求項1~16について訂正請求をし、これにより特許庁は、一部維持決定(1-12OK、14-16取消、13削除で却下)したことから、さらに、原告は、令和2年4月21日、本件特許(請求項の数は12)について特許無効審判の請求(無効2020-800043号)をしたところ、特許庁が不成立審決(訂正要件OK、サポート要件OK、明確性要件OK)を下したことから、これに不服の原告が審決取消訴訟を提起した事案です。

 これに対して、知財高裁2部(本多さんの合議体ですね。)は、原告の請求を認め、審決を取り消しました。いやあ珍しい明確性要件NGの事例ってことで取り上げました。
 加えて、俗に言う、クレームに「略」(ほぼと読みます。りゃくじゃないよ!)なんか使うんじゃないよ!ってことの良い教訓にもなるということも取り上げた理由の一つかなあと思います。

 まずはクレームです。
【請求項1】
A  略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと、
B  内部に収納された潤滑剤が材料線材に塗布された後前記引抜加工用ダイスに前記材料線材が引き込まれるボックスと、を含む引抜加工機であって、
C  前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、
D  前記開口部の断面形状は前記材料線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とする引抜加工機。

 このように、本件発明では、構成要件Aと構成要件Cで「略」が使われています。
 しかし、本件で問題になったのは、構成要件Cの方の「略多角形」ですね。

 で、技術内容ですけど、図はこんなやつです。
 図2です。
 JPB 006031654_i_000003
 左から金属線を通し(A1)、途中開口が狭くなっているので、右向きに強い力で引っ張ると塑性変形して、細くなる(A2)ってわけです。他社さんですが、よく分かるサイトがありますので、大まかな技術はこちらを見た方がいいでしょう。

 で、ポイントとなる、「略」ですけど、この図4が分かりやすいかなあと思います。
 JPB 006031654_i_000005
 これ自体が引き抜き加工用のダイスですね。略円筒形です。
 で、その中心に◇形の開口があります。これが、「ベアリング部の開口部」です。つまり、ここを金属線が通ることによって引き延ばされる、この技術で一番重要な部分ってことになります。

 ほんで、構成要件Cはこの「ベアリング部の開口部」が「略多角形」の断面形状だと言ってるわけです。
 この図4では、真四角に見えますけどね。
 なので、真四角からどこまで角を丸めたような形が、「略多角形」と言ってよいのか?ってことが本件での明確性要件のポイントだってことですね。

2 問題点
 問題点は上記のとおり、明確性要件です。
 条文から確認しましょう。

 特許法36条6項2号です。
6 第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
・・・
 二 特許を受けようとする発明が明確であること。

 で、この条文に関して、その昔(そう昔でもないか)、「平均粒子径」の用語が不明確だからとして侵害訴訟で無効の抗弁が炸裂した事件が有名です(遠赤外線放射体事件)。
 これにより、ああ明確性要件でも無効の抗弁が効くんだ・・・ということが大っぴらに知られるようになりました。

 なので、こういう自爆をしないよう、弁理士はなお一層注意して明細書を作成しなければならなくなったのですね。

 とは言え、このブログの常連さんには、年に1回ほどの頻度でその明確性要件で引っ掛かる事例が出てくることは承知のことでしょう。
 斯くの如く、なかなか人間というのは、完全には出来ないものなのです。そして、まさかその悪魔のくじ引きの当たり!が自分に来るとも思えないでしょう(ハンジフリック監督のように。)。ムフフフ。

 ね、上記のとおり、略多角形ってどこまでがそう言えて、どこからがそう言えないか、分かるようで分からない、そこが問題なのでしょうね。

3 判旨
「 1  取消事由1(明確性要件についての判断の誤り・無効理由2-3関係)について
  (1)  明確性要件について
  特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は、仮に、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者の利益が不当に害されることがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
  (2)  字義からみた「略多角形」の意義
  「略多角形」とは、その字義からみて、おおむね多角形の形状をした図形をいうものと解されるが、具体的にどのような形状の図形が「略多角形」に該当するかは、その字義からは明らかでないといわざるを得ない
  (3)  特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載
  ア  本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は、前記第2の2のとおりである。
  イ  本件明細書には、次の記載がある。
 ・・・
 (4)  本件各発明の「略多角形」の意義
  前記(3)によると、本件各発明が属する技術分野(線材の引抜加工機及びこれに用いるダイス)においては、従来、多角形の断面を有する線材の製造に際し、ダイスのベアリング部の開口部(以下「開口部」という。)の角部に潤滑剤がたまって塊が発生し、その除去のために作業を一旦止める必要があるため、生産量が低下して製造原価が下がらない一因となっていたところ、本件各発明は、潤滑剤の塊の発生を極力防ぎ、また、ダイスのメンテナンスに要する時間を極力削減し、その結果、多角形の断面を有する線材の製造コストの低減を図ることを目的として、当該角部の全部又は一部につき、これを円弧とし、鈍角の集合とし、又は自由曲線とすることにより、当該角部に潤滑剤がたまりにくくなるようにしたものであるといえる。
 加えて、本件明細書における「略多角形」の定義(段落【0057】)にも照らすと、本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)を得るため、「基礎となる多角形断面」の角部の全部又は一部を円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えた図形(以下、角部を円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えることを「角部を丸める」などといい、角部に生じた円弧、鈍角の集合又は自由曲線を「角部の丸み」などということがある。)をいうものと解することができる。そして、前記(3)によると、「基礎となる多角形断面」とは、従来技術における開口部(角部を丸める積極的な処理をしていないもの)の断面を指すものと解されるから、結局、本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の上記効果を得るため、その角部を丸める積極的な処理をしていない開口部につき、その角部の全部又は一部を丸める積極的な処理をした図形をいうものと一応解することができる。なお、これは、前記(2)の字義からみた「略多角形」の意義とも矛盾するものではない。
  (5)  「略多角形」と「基礎となる多角形断面」との区別
  前記(4)のとおり、本件各発明の「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の角部の全部又は一部を丸めた図形をいうものと一応解されるから、両者の意義に従うと、両者は、明確に区別されるべきものである。
  しかしながら、証拠(甲31、32、36、37)及び弁論の全趣旨によると、ワイヤー放電により、その断面形状が多角形である開口部を形成するくり抜き加工をした場合、開口部の角部には、不可避的に丸みが生じるものと認められる。そうすると、「基礎となる多角形断面」も、くり抜き加工をした後の開口部の断面である以上、角部が丸まった多角形の断面であることがあり、その場合、客観的な形状からは、「略多角形」の断面と区別がつかないことになる
  この点に関し、本件審決は、本件各発明の「略多角形」には、上記のように加工に際して角部に不可避的に生じる丸み(例えば、曲率半径が0.3mm程度以下の小さなもの)を有するにすぎない「基礎となる多角形断面」を含まないと判断し、被告も、これに沿う主張をする。しかしながら、開口部の角部の丸みの曲率半径が0.3mm程度以下であれば、当該角部に潤滑剤がたまりにくくなるとの本件各発明の効果が得られないものと認めるに足りる証拠はなく、当該曲率半径が0.3mm程度以下の場合であっても、本件各発明の上記効果が得られる可能性があるから、当該曲率半径がどの程度を超えれば本件各発明の上記効果が得られるようになるのかは、客観的に明らかとはいえない。また、証拠(甲31、32、36、37)及び弁論の全趣旨によると、上記のようにワイヤー放電加工に際して開口部の角部に丸みが不可避的に生じるのは、加工に用いるワイヤーの断面形状が一定の直径を有する円形であるからであると認められ、ワイヤーの断面の直径が小さくなれば、その分だけ、不可避的に生じる丸みの曲率半径は小さくなるといえるから、開口部の角部の丸みについては、その曲率半径がどの程度まで小さければ不可避的に生じる丸みであるといえ、どの程度より大きければ不可避的に生じる丸みを超えて積極的に角部を丸める処理をしたものであるといえるのかを客観的に判断する基準はないというほかない。そうすると、客観的な形状からは、「基礎となる多角形断面」と「略多角形」とを区別するのは困難であるといわざるを得ない。
  以上のとおり、本件各発明の「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」と区別するのが困難であり、本件各発明の技術的範囲は、明らかでない。
  (6)  「略多角形」の角部の形状
  前記(5)のとおり、ワイヤー放電により、その断面形状が多角形である開口部を形成するくり抜き加工をした場合、開口部の角部には不可避的に丸みが生じるから、「基礎となる多角形断面」の角部を丸めるための積極的な処理をしようとしまいと、開口部がくり抜き加工のされた後のものである以上、開口部の角部には、全て丸みがあり得ることになる。
  そして、前記(5)のとおり、開口部の角部の丸みについては、その曲率半径がどの程度まで小さければ不可避的に生じる丸みであるといえ、どの程度より大きければ不可避的に生じる丸みを超えて積極的に角部を丸める処理をしたものであるといえるのかを客観的に判断する基準はないし、また、当該曲率半径がどの程度を超えれば本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)が得られるようになるのかは、客観的に明らかとはいえない
  この点に関し、本件審決は、本件各発明の「略多角形」は「基礎となる多角形断面」に対して潤滑剤がたまる角部がなくなるように更に積極的な処理をした状態のもの(例えば、少なくとも角部の円弧の曲率半径が0.8mm程度のもの)と解されると判断し、被告も、これに沿う主張をする。しかしながら、本件明細書には、開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなるとの本件各発明の上記効果を奏する条件について、1辺4mmの四角形断面の棒材を作成する場合に、開口部の1つの角部を曲率半径0.8mm程度の円弧(曲線)で結ぶと、角部にたまっていた潤滑剤の塊が1か所に固まりづらくなる旨の記載(段落【0055】)があるのみであるところ、1辺4mmの四角形断面の開口部の角部を曲率半径が0.8mm程度より小さい円弧とした場合に本件各発明の上記効果が得られないものと認めるに足りる証拠はないし、その断面形状が1辺4mmの四角形以外の多角形である開口部も含めると、開口部の角部にどの程度の丸みを帯びさせれば本件各発明の上記効果が得られるのかを客観的に明らかにするのは困難であるといわざるを得ない(なお、被告は、開口部の角部における潤滑剤のたまりやすさは、作成すべき棒材の断面の大きさにかかわらず、当該角部の丸みの曲率半径によって決せられ、当該曲率半径が0.3mm程度以下であれば、本件各発明の上記効果が得られないと主張する。しかしながら、開口部の角部における潤滑剤のたまりやすさは、当該角部の丸みの曲率半径の大きさのみならず、線材の種類、潤滑剤の種類、加工発熱の度合い等の様々な要素によって左右されるものであると解され、当該曲率半径が0.3mm程度以下であれば、一律に本件各発明の上記効果が得られないと認めることはできないから、被告の主張を採用することはできない。)。
  以上によると、本件各発明の「略多角形」については、特許請求の範囲の記載、本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識を踏まえても、「基礎となる多角形断面」の角部にどの程度の大きさの丸みを帯びさせたものがこれに該当するのかが明らかでなく、この点でも、本件各発明の技術的範囲は、明らかでないというべきである。
  (7)  小括
  以上のとおり、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載によると、本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)を得るため、その角部を丸める積極的な処理をしていない開口部につき、その角部の全部又は一部を丸める積極的な処理をした図形をいうものと一応解することができるものの、客観的な形状からは、本件各発明の「略多角形」と「基礎となる多角形断面」とを区別することができず、また、「基礎となる多角形断面」の角部にどの程度の大きさの丸みを帯びさせたものが本件各発明の「略多角形」に該当するのかも明らかでなく、本件各発明の技術的範囲は明らかでないというほかないから、本件各発明の「略多角形」は、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であると評価せざるを得ず、その他、本件各発明の「略多角形」が明確であると評価すべき事情を認めるに足りる証拠はない。
  したがって、取消事由1は理由がある。 」

4 検討
 本件の判決は、いつもいつも「略」はダメ!と言ってるわけじゃありません(例えばこの事件。)。
 そうじゃなくて、「略多角形」と「略」じゃない「多角形」の区別ができんじゃろ、本件の技術の場合は、と言ってるわけです。

 本件の技術では、ダイスのベアリング部の開口部は超硬金属なので、ワイヤー放電加工じゃないと加工できないのでしょうね。だけどワイヤー放電加工は、いわば熱による切断なので、ワイヤーの周りに同心円状の熱ポテンシャルが出来てしまい、角を切ったつもりでもRが付いてしまいます(ワイヤーの断面はカクカクしていない)。

 ま、それは出願人=特許権者も分かってて、こんな図もあります(図10)。
 JPB 006031654_i_000011
 どうしても、加工のときに、Rが付くわけですね。

 だけど、どこまでの範囲が「略多角形」になるのかがさっぱり分からん!てことで、NGになってしまいました。
 
 まあ「略」が避けられない場合はあると思います。だけどもやはりこういう判決が出たということは、考えうる限り「略」の使用を避けた方がよいことは明らかでしょうね。

5 追伸
 毎度おなじみ流浪の弁護士、散歩のコーナーでございます。
 本日は、ここ山本橋に来ております。
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 目黒川が波立っているので、また船が来た後なのでしょう。昨日今日と散歩日和です。

 そして、本日は最終金曜日、プレミアムフライデーです(誰ももうこんなこと言ってないか~)。つまりは出稼ぎの日です。自分で仕事を引っ張れない以上仕方がありません。

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 虎ノ門ヒルズと虎ノ門ヒルズ ステーションタワーを結ぶデッキも着々とできております。

 近くに行くとこの威容です。
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 人間ってこんなでかい物を建てられるわけですニャー。そりゃたまには燃料満タンの飛行機で突っ込みたくなるのも人情です。グフフ。